を分けて独立さすことにした。
須山に工新の題を考えて置けと云ったら、彼は「恋のパラシュート」としてはどうだ、と鼻を動かした。
工新は「マスク[#「マスク」に傍点]」という名で出すことになった。私は今工場に出ていないので、Sからその編輯《へんしゅう》を引き受けて、私の手元に伊藤、須山の報告を集め、それをもとにして原稿を書き、プリンターの方へ廻わした。プリンター付きのレポから朝早く伊藤が受取ることになっていた。私は須山、伊藤とは毎日のように連絡をとり、工新の影響を調らべ、その教訓を直ぐ「マスク」の次の編輯に反映さした。
伊藤や須山の報告をきいていると、会社の方も刻々と対策を練っていることが分った。今では十円の手当のことや、首切りのことについては不気味なほど何も云わなくなっていた。それは明かに、何か[#「何か」に傍点]第二段の策に出ているのだ。勿論それは十円の手当を出さないことや、首切りをウマウマとやってのけようとするための策略であることは分る。がその策略が実際にどのようなものであるかゞハッキリ分り、それを皆の前にさらけ出すのでなかったら、駄目だ。相も変らず今迄通りのことを繰りかえしているのならば、皆は我々の前から離れて行く。我々の戦術は向うのブルジョワジーのジグザッグな戦術に適確[#「適確」に傍点]に適応して行かなければならない。私たちの今迄の失敗をみると、最初のうちは何時でも我々は敵をおびやかしている。ところが、敵が我々の一応の遣《や》り方をつかむと、それの裏を行く。ところが我々は敵が一体どういう風にやろうとしているのかという点を見ようともせずに、一本\槍《やり》で同じようにやって行く。そこで敵は得たりと、最後のどたん場で我々を打ちやるのだ。
さすがに伊藤はそれに気付いて「どうも此の頃変だ」という。然しそれが何処にあるのか判らない。
次の日須山は小さい紙片を持ってきた。
掲示
皆さんの勤勉精励によって、会社の仕事が非常に順調に運んでいることを皆さんと共に喜びたいと思います。皆さんもご承知のことゝ思いますが、戦争というものは決して兵隊さんだけでは出来るものではありません。若《も》しも皆さんがマスクやパラシュートや飛行船の側を作る仕事を一生懸命にやらなかったら、決して我が国は勝つことは出来ないのであります。でありますから或《ある》いは仕事に少しのつらいことがあるとしても、我々も又戦争で敵の弾《たま》を浴びながら闘っている兵隊さんと同じ気持と覚悟をもってやっていたゞき度《た》いと思うのです。
一言みなさんの覚悟をうながして置く次第であります。
工場長
「我々の仕事は第二の段階に入った!」
と須山は云った。
工場では、六百人を最初の約束通りに仕事に一定の区切りが来たら、やめて貰《もら》うことになっていたが、今度方針を変えて、成績の優秀なものと認めたものを二百人ほど本工に繰り入れることになったから、各自一生懸命仕事をして欲しいと云うのだった。そしてその噂《うわ》さを工場中に撒《ま》きちらし始めた。
私と須山は、うな[#「うな」に傍点]った。明らかにその「噂《うわ》さ」は、首切りの瞬間まで反抗の組織化されることを妨害するためだった。そして他方では「掲示」を利用し、本工に編成するかも知れないと云うエサで一生懸命働かせ、モット搾《しぼ》ろうという魂胆だったのである。
須山はその本質をバク露するために、掲示を写してきたのだった。これで私たちは会社の第二段の戦術が分った。
私と須山と伊藤は毎日連絡をとった。が、連絡だけでは精密な対策が立たないので、一週に一度の予定で三人一緒に「エンコ」(坐ること)することになっていた、その家の世話は伊藤がやった。須山と伊藤は存在が合法的なのでよかったが、私が一定の場所に二時間も三時間も坐り込んでいることは可なり危険なので、細心の注意が必要だった。私は伊藤と街頭連絡で場所をきゝ、その周囲の様子をも調らべてみて安全だと分ると、彼女と須山に先に行ってもらって、私は別な道を選んで其処《そこ》へ出掛けることにしていた。私はそこへ行っても直《す》ぐ入らずにある一定の場所を見る。その家に異常がないと、その場所に伊藤が「記号《しるし》」をつけて置くことになっていたからである。
昼のうちむれ[#「むれ」に傍点]ていたアスファルトから生温かい風が吹いている或る晩、私は須山と伊藤に渡す「ハタ」(機関紙)とパンフレットを持って家を出た。その夜はエンコすることになっていた。途中まで来ると、街角に巡査が二人立っていた。それからもう一つの角にくると、其処には三人立っている。これはいけないと思った。もの[#「もの」に傍点]を
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