している大勢力なんだ」と云って、この「小さくして戦闘的な党」を根こそぎにするために、何百万倍も大きな図体《ずうたい》の彼奴等が躍気《やっき》となっている、だから、この小さい俺達一人々々と雖《いえど》もそれだけの「自負」を持って仕事をして行かなければならないと云った。
「それア素晴しい自負だ!」と云って、その時私たちは無精《むしょう》に喜んだ。その自負を最後まで貫徹するために、彼奴等に、捕まったりしてはならなかった。
 下宿がこんな具合だと危険この上もない。私や須山や伊藤はメーデーをめざして倉田工業を動かそうと思っている。六百人の臨時工の首切と伴って、私たちさえしっかりしていれば、その可能性は充分にあった。それを今やられたら、全く階級的裏切となるのだ。Sは此《こ》の頃\枕《まくら》もとに太身のステッキと草履を用意して寝ることにしているそうだ。私はそのことに気付いたので、まだ実行していなかった物干に草履をおいて置くために、途中一足買って戻ってきた。
 私は須山と会ってみて、「赤狩り」は何も外《そと》ばかりでないことを知った。――連絡に行くと、向うから須山が顔一杯にほう[#「ほう」に傍点]帯をし、足を引きずって、やってくるので、私は吃驚《びっくり》した。「やられた!」と云うのだ。彼は時々ほう[#「ほう」に傍点]帯の上から顔を抑えた。傷が痛んで、どうしようかとも思ったが時期が時期だし、連絡が切れると困るので、ようやくやってきたのだった。私たちは外を歩くのをやめて、しるこ屋に入った。
 工場では外《そと》の警察だけではあまり効果がないと云うので、清川や熱田の「僚友会」や在郷軍人の青年団を入れ、内部から「赤狩り」をしようとしたのに、「マスク」やビラなどで、その事さえバク露されて、あせり出したらしい。ところが会社はこの二三日前から例の「慰問金」の募集をやり出した。時期おくれに倉田工業がそれをやり出したというのはそれでもって工業内の雰囲気《ふんいき》を統一して、所謂《いわゆる》赤の喰い込む余地をなくしようという目的からだった。「忠君愛国」であろうが、何んであろうが、彼等は自分の利益にならないものなら、見向きもしない。会社にこのことを献策したのは、パラシュート工場で、「マスク」を持っていた女工を殴ぐりつけた「職工の服を着た」在郷軍人の青年団たちらしい。
 須山はこの問題をつかんで、「僚友会」の清川や熱田を大衆から切り離すことをしようと考えた。伊藤もそれに賛成した。労農大衆党という兎《と》にも角にも労働者のための党であり、兎にも角にも帝国主義戦争には反対している、だが本当は少しも「労働者のための党」でもなく、帝国主義戦争にも上《うわ》べだけでしか反対していないのだということを、皆の前で知らせる必要があった。須山と伊藤は「僚友会」の平メンバーに入っていた。プロレタリアートがブルジョワジーのあらゆる偽マン的政策の本質をえぐり出して、戦争に反対するという困難な仕事をしてゆくためには、何より「僚友会」のような見せかけの味方――右翼\日和見《ひよりみ》主義者と闘って行かなければならぬ。須山は慰問金のことで、「僚友会」の定期総会を開いたらどうか、と清川のところへ持って行った。それと同時に伊藤の仲間や自分の仲間を通して、「慰問金」募集の問題を一般に押し拡めることにした。
 総会に出てみると、驚いたことには青年団の職工も来ている。私たちが「僚友会」を重くみていたのは、そこには臨時工はホンの少ししかいなかったが、本工が多かったからである。伊藤や須山の仲間には本工が一人か二人しかいなかった。本工を獲得することの重要さが繰りかえされながら、それがなか/\困難なところから、成績が挙っていなかったのだ。「僚友会」も二三の人間をのぞけば、漠然とした考えから入っているので、それらの眼の前で清川が正しいか、須山が正しいかをハッキリと示せば、それらのものでこっちについてくる可能性が充分にあった。
「僚友会」は戦争が始まってから半年にもなると云うのに、一二度しか会合を持っていなかった。仲間のうちでもそれをブツ/\云っていた。須山はまず皆の前で、これだけの労働者や農民が戦地に引き出され、且つ日常生活でもこれだけの強行軍をやらされているときに、「僚友会」が一度も真剣に開かれなかったことは、階級的裏切りだ、というところから始めた。五六人が「異議なしだな……。」と云った。が、その連中は云ってしまってから、モジ/\している。私も須山も反動組合の「革反」の経験があるので、その「異議なしだな」と云って、モジ/\したのがよく分った。それで私は笑った。須山も笑った。が、彼は「痛た、痛た!」とほう[#「ほう」に傍点]帯の上から顔を抑えた。彼は、よく人の特徴をつかんだ真似がうまかった。
 慰問金のことに
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