道端にしゃがんで、顔を覆ってしまった。妹は吃驚《びっくり》した。何べんもゆすったが、母親はそのまゝにしていた。
「お母ッちや、お母ッちゃてば!」
 汽車に乗って遥々と出てきたのだが、然し母親が考えていたよりも以上に、監獄のコンクリートの塀が厚くて、高かった。それは母親の気をテン[#「テン」に傍点]倒させるに充分だった。しかもその中で、あの親孝行ものゝ健吉が「赤い」着物をきて、高い小さい鉄棒のはまった窓を見上げているのかと思うと、急に何かゞ胸にきた。――母親は貧血を起していた。
「ま、ま、何んてこの塀! とッても健と会えなくなった……」
 仕方なくお安だけが面会に出掛けて行った。しばらくしてお安が涙でかた[#「かた」に傍点]のついた汚い顔をして、見知らない都会風の女の人と一緒に帰ってきた。その人は母親に、自分たちのしている仕事のことを話して、中にいる息子さんの事には少しも心配しなくてもいゝと云った。「救援会」の人だった。然し母親は、駐在所の旦那が云っているように、あんな恐ろしいことをした息子の面倒を見てくれるという不思議な人も世の中にはいるもんだと思って、何んだか訳が分らなかった。然しそ
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