っていたお安が、兄のことから暇が出て戻ってきた。
「お安や、健は何したんだ?」
母親は片方の眼からだけ涙をポロ/\出しながら、手荷物一つ持って帰ってきた娘にきいた。
「キョウサントウだかって……」
「何《な》にキョ……キョ何んだって?」
「キョウサントウ」
「キョ……サン……トウ?」
然し母親は直ぐその名を忘れてしまった。そしてトウトウ覚えられなかった。――
小さい時から仲のよかったお安は、この秋には何とか金の仕度をして、東京の監獄にいる兄に面会に行きたがった。母と娘はそれを楽しみに働くことにした。健吉からは時々検印の押さった封緘葉書が来た。それが来ると、母親はお安に声を出して読ませた。それから次の日にモウ一度読ませた。次の手紙が来る迄、その同じ手紙を何べんも読むことにした。
*
とり入れ[#「とり入れ」に傍点]の済んだ頃、母親とお安は面会に出てきた。母親は汽車の中で、始終手拭で片方の眼ばかりこす[#「こす」に傍点]っていた。
何べんも間誤つき、何べんも調らべられ、ようやくのことで裁判所から許可証を貰い、刑務所へやってきた。――ところが、その入口で母親が急に
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