だった。かなり魅惑のある恵子が、カフェーの女であるということから受ける当然の事について気をもみだした、それが最初であった。彼はそういう女がいろいろゆがんだ筋道を通ってゆきがちなのを知っていた。その考えが少しでも好意を感じている恵子に来たとき、「ちょっと」平気でおれなかった。この平気でおれない「関心」が、龍介の恵子に対する気持を知らない間に強めていった。しかし一方、彼は自分が身体も弱く金もないということの意識でそういう気持を抑えていった。彼は自分の恋愛をたんに情熱の高さばかりで肯定してゆく冒険ができなかった。彼にとって、そんな冒険はできない、というより、そんな「不道徳なこと」はできない、といった方がより当っている。そうだった。そしてその二つが同じように進んでいたとき、龍介は気軽に女と会えた。恵子はかえって彼に露骨な好意を見せた。女から手紙が時々来た。「あなたがくる気が朝からしていた。が、とうとうあなたはお見えにならない。胸が苦しくなる想いで寝た」そんなことなど書かれていた。恵子についていろいろな噂《うわさ》が龍介の耳に入った。恵子が淫売《いんばい》をしているということも聞いた。それについ
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