ませるよ」
「どうして?」
「飲みたくないんだ」彼は女の手に盃《さかずき》を持たしてやった。
「ソお」女は今度はすぐ飲んだ。
龍介は注《つ》いでやった。
「本当、いいの?」
「うん」
女はちょっと笑顔《えがお》をしてのんだ。彼は銚子を下に置かずに注いでやった。女は飲むたびに、「本当?」ときいた。
「この章魚《たこ》も、さかなも食っていいんだ」
彼は割箸《わりばし》をわって、皿の上に置いた。
「いいの?――何んだか……」
女は少し顔を赤くして、チラッチラッと二、三度龍介を見上げると、「どうして、兄さん……」と言った。
「俺は食わないんだ。いいから」
「ソお、……なんだか……」
女はさかなを箸の先でつっついて、またひくく「いいの?」と言った。そして、最初箸の先にちょんびり[#「ちょんびり」に傍点]肴を挾《はさ》んで左手の掌《てのひら》にそれを置いて口にもってゆくとき、龍介をちょっとぬすみ見て、身体を少しくねらし、顔をわきにむけて、食べた。彼はすぐまた酒をついでやった。女はまたさかな[#「さかな」に傍点]を食った。章魚の方にも箸をつけた。腹が減っているんだなあ、と彼は思った。
「い
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