夜で三回だ、龍介はフトそう思うと、何んのためにこう来るか、自分の底に動いているある気持を感じて、ゾッとした。女は外へは出ていなかった。が、足音を聞くとすぐ出てきた。
「兄さん、お寄り……よ」そう言いながら、彼の顔を見て、「この前の……また、ひやかし?」と言った。
「上るんだよ」ちょっと声がかすれた。
「本当?」と女はきいた。
五
廊下の板が一枚一枚しのり返っていて、歩くとギシギシいった。女は座蒲団《ざぶとん》を持って先に立ちその一番端しの室に彼を案内した。女は金を受取ると出ていった。廊下を行く足音を龍介はじいときいていた。彼はきゅうに身体が顫《ふる》えてきた。
龍介はズボンに手をつっこみ、小さい冷えきった室の中を歩いた。彼はこういう所に一人で来たこれが初めだった。来たい意思はいつでも持った。夜床の中で眼をさますと、何かの拍子から「いても立ってもいられない」衝動を感ずることがあった。そうすると口では言えないいろいろ淫猥《いんわい》なことが平気にそれからそれへととっぴに彩《いろどり》をつけて想像される。それがまた逆に彼の慾情を煽《あお》りたてた。が、彼はただ単純に、それだ
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