「お客さんがないと髪結賃《かみゆいちん》もくれないの。この髪ずウと前のよ」
「……うん」龍介は髪結賃はいくらだ、と訊《たず》ねようと思った。それぐらいなら出してやってもいい気がした。
「ね、上るだけの金がなかったら髪結賃だけでもちょうだいよ……三十銭」女はそう言ってぎこちなく笑った。そして身体をちょっと振って、外方《そと》を見た。
 彼はせっかくの気持がこじけて、イヤになった。その時、家の前を四十ぐらいの貧相な女が彼の方を時々見ながら行ったり来たりしているのに気づいた。龍介は女に、「ない。また来る」そう言って、戻った。ほかの人にこんなところを見られたくなかったからだった。龍介はちょっと来てから道ばたの雪に小用を達《た》した。用を達しながら、今の家の方を見た。往来をウロウロしていた四十|恰好《かっこう》の貧相な女がさっきの女と、家の側の薄暗いところに立って話をしていた。年|老《と》った方の女が包みから何か出して相手に渡した。若い方はじいとうつむいていた。しばらく何か話していた。
 ――龍介には分った!
 女のおっ母さんだったのだと思うと、彼は真赤になった。そして急いで次の通りへ出た。
 
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