と、女は、「寒いねえ」と無愛想に言った。
 二人ともちょっと黙った。女は彼をじっと見ていた。
「上るの?」
「金がないんだ」そう言って、「いくらだ」ときいた。
 女は龍介の手をつかむと指を二本握らした。「これだけ……」龍介の眼から女は眼を放さずに言った。
「ない」
 女は龍介の顔にちょっと眼をすえた。それから「うそでしょう?」と言った。
「うそは言わない」
 また女は彼を見た。
「じゃ……」女は一本指を握らしてから、次に五本にぎらした。
「だめだ」龍介はそう言った。
 女はフンといったようにちょっとだまったが、首を縮めて、「寒い」と独言のようにひくくつぶやいた。そして、「いくら持っているの?」ときいた。女は両手を袂《たもと》の中に入れて、寒そうに足駄をカタカタと小きざみにならした。
「景気はどうだ」
「ひッとりも!」案外まじめさを表面に出して言った。彼はその女にちょっと好意を感じた。「お話しにならないの。主人は……不機嫌になるでしょう……ご飯もろくに喰べさせないワ……それに、……」女は頭を二、三度振ってみせて、「ね、ね」と言った。根元のきまらない日本髪がそのたびに前や横にグラグラした。
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