た。
       *
 少しくると龍介はあやふやな気持で立ち止まった。
 ――彼は自分がズルかったことを意識した。彼は今までちっともこのことには触れずにいながら、潜在意識のようなもので、ここへ来ることを望み、来たのだ。ここは彼のようにルーズな気持を持っているもののくる最後のところだと思うと淋しかった。彼は立ち止まりながら真直ぐ家に帰ろうと考えた。が、彼は昨夜とその前の晩ちょっと寄った女の処へ行ってみたい気持の方が強かった。結局彼はその方へ歩いた。
 道の両側には、「即席御料理」「きそば」と書いた暖簾《のれん》の家が並んでいた。入口に女が立って、通る人を呼んでいた。マントを着た男がそんな所で「交渉」をしている。龍介を見ると暖簾の間から女が呼んだ。彼はそういう所を通り過ぎた。そしてちょっと行くと、一軒だけ離れて、そんな家がぽっちりあった。そこだった。……龍介は二日前ここを通ったのだ。空のはれた寒い晩だった。入口に寄ると、暖簾のところに女がショールをして立っていた。入口は薄暗いので顔立ははっきり分らなかったが、色の白い、十七、八の小柄な女だった。
「寒い」のれんから首を出して龍介がそう言う
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