り歩いた帰り、よくそう思って、興奮した。しかしそれが皆いい加減疲れきった頭に、反動的に浮ぶ、いわば空興奮であるように思われ、淋しく感じた。龍介は一つの長篇に手をかけていた。が、彼自身の生活がグラッついていたために、それまで変に焦点が決まらず、でき上らないままに放っておかれた。年々上る月給を楽しみに毎日銀行へ行き、月々いくらかずつか貯金し、おとなしい綺麗《きれい》な細君を貰い、のんきに生活する。そのうちに可愛い子供もできるだろう。そして老後を不自由なく暮す……そこには何ら非難すべき点はない。彼の同僚たちは皆そう考え、そうなるために生活している。しかし、龍介は、そういう生活には大きな罪悪があると思った。もしもこの世の中が完全で、幸福なもので「すべての人がお菓子の食える」境遇にあるものだとしたら、それでいいかもしれない。が、過渡期である。皆は力を合せてまず――まず、そういう世の中になるよう、努力しなければならない時であろう。が、彼らはそんなことには用事がなかった。彼らは「自分だけ」は少し辛抱してゆけば、とにかく幸福になれる「ところ」にいる、好きこのんで不幸になる必要がどこにある! 龍介は多く
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