、不機嫌になったりした。自分でもその自分がとうとう滑稽《こっけい》になった。土曜日から天気が上った。龍介は初めて修学旅行へ行く小学生のような気持で、晩眠れなかった。その日彼は停車場へ行った。彼は朗《ほが》らかな気分だった。が、恵子は来なかった! どうすればいいのか? 龍介は分らなくなった。
 龍介は、ハッキリ自分の恵子に対する気持を書いた長い手紙を出した。ポストに入れるとき、二、三度|躊躇《ちゅうちょ》した。龍介には「ハッキリ」することが恐ろしかった。がこれから先いつまでもこのきまらない気持を持ち続けたら、その方で彼はだめになりそうだった。彼は思いきって、手紙を投げ入れた。そしてハンドルを二、三回廻すと、箱の底へ手紙が落ちる音がした。恵子からの手紙の返事はすぐ来た。冒頭《ぼうとう》に「あなたは遅かった!」そうあった。それによると最近彼女はある男と結婚することに決まっていた。――
「犬だって!」犬だって、これじゃあまり惨《みじ》めだ! 龍介は誇張なしにそう思って、泣いた。龍介は女を失ったということより、今はその侮辱《ぶじょく》に堪えられなかった。心から泣けた。――何回も何回もお預けをして
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