エンヤ、コラサ……皆は掛声をかけ始めた。ワイヤー・プレーは底を二つの滑車にのせ、穿孔機《ボールバン》の腕にその軸と翼を締めつけて、固定された。グレーンが喧《やかま》しい音をたてゝ、チエンを捲き上げた。白墨を耳に挟《はさ》んだ彼等は、据えつけた機械のまわりを歩いたり、指先きでこすってみたり、ヤレ、ヤレという顔をした。
 ――森本のところからは、それが蟻《あり》が手におえない大きなものを寄って、たかって引きずッているように見えた。素晴しく大きな鉄の機械の前には、人間は汚れた鉄クソ[#「鉄クソ」に傍点]のように小さかった。彼は製罐部の護謨塗機《ライニング・マシン》の壊れた部分品を、万力台《バイス》にはさんで、鑪《やすり》をかけていた。――足場の乗り[#「乗り」に傍点]が一分ちがったとする。その時チエンがほぐれて……。と、あの大きなワイヤー・プレーはたった一つの音もたてずに、グイと手前にのめってくる。四人の職工のあばら[#「あばら」に傍点]骨が障子の骨より他愛なくひッつぶされてしまう。たった一分のちがいだとしても。二円にもならない、そこそこの日給を稼ぐために、職工は安々と命をかけている。――だ
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