つないでいなかった。
 今迄一人の女工も使っていないボデイ・ラインを、賃銀の安い女工で置きかえるかも知れないというので、職工は顔色をなくしていた。――
 表面の極く何んでもなさにも不拘、たったこれだけを見ても森本はうちにムクレ上がっている、ムクレ上がらせることの出来る力を充分に感ずることが出来た。
 森本は毎朝工場へ出掛けて行く自分の気持が、――今迄とは知らないうちに変ってきているのを発見した。寒い朝、肩を前にこごめ、首をちゞめて、ギュン/\なる雪を踏んで家を出るときは、彼は文字通り奴隷である惨めさを感じた。朝のぬくもっている床の中に、足をゆっくりのばして、もう一時間でいゝ寝て居れないものか、と思った。――朝が早いので、まだ細い雪道を同じ方向へ一列に、同じ生気のない恰好をして歩いている汚点《しみ》のような労働者たちのくねった長い列をみていると、これが何時[#「何時」に傍点]、あの「ロシア」のような、素晴しい力に結集されるのか、と思われる。その一列にはたゞ鎖が見えないだけだった。陰気な囚人運動を思わせた。
 だから彼は工場でも仕事には自分から気を入れてやった事がなかった。彼はもっと出世し
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