妙なものよ。一たん方向だけきまって動き出すと、男よりやってしまうものよ。変形ヒステリーかも知れないわね。
 ――変形ヒステリーはよかった。
 森本も笑った。
 彼は河田からきいた「方法」を細かくお君に話し出した。するとお君はお君らしくないほどの用心深い、真実な面持で一々それをきいた。
 ――やりますわ。みんなで励げみ合ってやりましょう!
 お君は片方の頬だけを赤くした顔をあげた。
 氷水屋を出て少し行くと、鉄道の踏切だった。行手を柵が静かに下りてきた。なまぬるく風を煽《あお》って、地響をたてながら、明るい窓を一列にもった客車が通り過ぎて行った。汽罐《ボイラー》のほとぼりが後にのこった。――ペンキを塗った白い柵が闇に浮かんで、静かに上った。向いから、澱んでいた五六人がすれ違った。その顔が一つ一つ皆こっちを向いた。
 ――へえ、シャンだな。
 森本はひやりとした。それに「恋人同志」に見られているのだと思うと、カアッと顔が赤くなった。
 ――何云ってるんだ。
 お君が云いかえした。
 彼女は歩きながら、工場のことを話した。……顔が変なために誰にも相手にされず、それに長い間の無味乾燥な仕事のた
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