のだ。「虻」と「ビラ」か! それさえ比較にならないのだ。――そこまでくると、彼はもう張り合いが感ぜられなくなった。
 職場の片隅に取付けてある十馬力の発動機《モーター》は絶え間なく陰鬱な唸《うな》りをたてながら、眼に見えない程足場をゆすっていた。停電に備えるガソリン・エンジンがすぐ側に据えつけられている。――そこは工場の心臓[#「心臓」に傍点]だった。そこから幹線動脈のように、調帯《ベルト》が職場の天井を渡っている主動軸《メエンシャフト》の滑車にかゝっていた。そして、それがそこを基点として更にそれ/″\の機械に各々ちがった幅のベルトでつながっていた。そのまゝが人間の動脈網[#「動脈網」に傍点]を思わせる。穿孔機《ボールバン》、旋盤、穿削機《ミーリング》……が鋭い音響をたてながら鉄を削り、孔《あな》をうがち、火花を閃《ひら》めかせた。
 働いている職工たちは、まるで縛りつけられている機械から一生懸命にもがい[#「もがい」に傍点]ているように見えた。腰がふん張って、厚い肩が据えられると、タガネの尻を押している腕先きに全身の力が微妙にこもる。生きた骨にそのまゝ鑪《やすり》を当てられるような、
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