クタイをしめた。――Y駅のプラットフォームにある「近郊名所案内」には「H・S工場、――約十八町」と書かれている。
Y市は港町の関係上、海陸連絡の運輸労働者――浜人足、仲仕が圧倒的に多かった。朝鮮人がその三割をしめている。それで「労働者」と云えば、Yではそれ等を指していた。彼等はその殆んどが半自由労働者なので、どれも惨《みじ》めな生活をしていた。「H・S工場」の職工はそれで自分等が「労働者」であると云われるのを嫌った。――「H・S工場」に勤めていると云えば、それはそれだけで、近所への一つの「誇り」にさえなっていたのだ。
森本は仕事台に寄っても仕事に実《み》が入らなかった。――彼は今日組合のビラが撒《ま》かれることは知っていたし、又そのビラが撒かれたときの「H・S工場」内の動きについて、ある会合で報告しなければならないことになっていた。だが、見ろ、こんな様《ざま》をオメ/\と一体誰に報告が出来るものか。職工の一人も問題にしないばかりか、巡査上りの守衛から、工場長さえ取り合いもしない。ビラの代りに、工場の中に虻《あぶ》か蜂の一匹でも迷いこんだ方が、それより大きな騒ぎになるかも知れない
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