入ってるんだ。――それでも清貧に甘んじるか……。
それ等が嘘であれ、本当であれ、彼が内心疑っていた事実をピシ/\と指していた。
気にしまい、気にしまい、そう意識すると、逆にその意識が彼の心を歪める。河田と素直な気持ではもの[#「もの」に傍点]が云えなくなった。河田たちの顔を見ていることが出来なかった。自分ながら可笑《おか》しい程そわ/\して、視線を迷わせた。そして一方自分の何処かでは、河田の云うことに剃刀《かみそり》の刃のような鋭い神経を使っているのだ。
少し前だった。何時も自分の宿に訪ねてくる特高係が、街で彼を見ると寄ってきた。
――君は大分宿代を滞《とど》こらせてるんだな。
と、ニヤ/\云った。
――じゃ、君か!
彼はそのまゝ立ち止った。刑事は大きな声で笑った。――四五日前、鈴木の友人だと云って、彼の泊っている宿へ来て、今迄滞らせていた宿代を払って行ったものがあったのだ。
――いゝじゃないか、こういう事は。お互さ。別に恩をきせて、どうというわけでないんだから。
それから、一寸聞きたいことがあるんだが、と赤い薄い鬚《ひげ》を正方形だけはやしたその男が、四囲《あたり》
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