森本はうなずいた。
 ――工場のことでも、私らの知っていることは、ホンのちょッぴりよりありません。
 ――そうだと思うんだ。……それでと……。
 眼が腕時計の上をチラッとすべった。
 ――そうだな……。
 疲れたらしく、石川が口の中だけで、小さくあくび[#「あくび」に傍点]を噛《か》んだ。
 ――ン、それから工場の中の対立関係と云うかな……あるだろうね。
 ――え……職場々々で矢張りあります。仕上場の方は熟練工だし、製罐部の方はどっちかと云えば、女工でも出来る仕事です。それで…………。
 森本がそう云って、頭に手をやった。河田は彼のはにかんだ笑い顔を初めてみたと思った。角ばった、ごッつい[#「ごッつい」に傍点]顔だと思っていたのに、笑うと輪廓《りんかく》がほころんで、眼尻に人なつッこい柔味が浮かんだ。それは思いがけないことだった。
 ――私らなど、何んかすると……金属工なんだぜ、と……その方の大将なんです。それから日雇や荷役方は職工と一寸変です。事務所の社員に対しては、これは何処《どこ》にでもあるでしょう。――女事務員は大抵女学校は出ているので、服装から違うわけです。用事があって、工場
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