――組合のものだべ、あれア!
父は新聞の話でもするような無関心さで云った。
――他人《ひと》事でないど、父ちゃ。今に首になればな。
父は返事をしないで、薄暗い土間にゴソ、ゴソ音をさせた。少しでも暗いと、「ガス」のかゝった眼は、まるッきり父をどまつかせた。父は裏へまわって行った。便所のすぐ横に、父は無器用な棚をこしらえて、それに花鉢を三つ程ならべていた。その辺は便所の匂いで、プン/\していた。父は家を出ると、キット夜店から値切った安い鉢《はち》を買ってくる。
――この道楽爺! 飯もロク/\食えねえ時に!
母はその度に怒鳴った。その外のことでは、ひどい喧嘩《けんか》になることがあっても、鉢のことだと父は不思議に、何時でもたゞニヤ/\していた。――父はおかしい程それを大事にした。帰ってくると、家へ上る前に必ず自分で水をやることにしていた。仕方なく誰かに頼んで、頼んだものが忘れることでもあると、父は本気に怒った。――可哀相に、奴隷根性のハケ口さ、と森本は笑っていた。
――今日の暑気で、どれもグンナリだ。
裏で独言《ひとりごと》を云っているのが聞えた。
「H・S工場」にも、少し
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