上も勤務している手前、親方も一寸どう手をつけていゝか困りきっているらしかった。
 ――つらいなア……!
 フッとそれが出る。朝やっぱり出渋《でしぶ》るのだ。
 ――仕事より親方の顔ば見てれば、とッても……なア!
 まだ暗い出掛けに上り端で、仕事着の父親がゴリ/\ッと音をさして腰をのばす。それを聞く度に彼は居たまらない苦痛を感じた。――然し彼は、何時かこの父親をもっと、もっと惨めにしてしまわなければならない事を、フト考えた。――
 家の中は一日中の暑気で湿ッ気と小便臭い匂いがこもり、ムレ[#「ムレ」に傍点]た畳の皮がブワ/\ふくれ上っていた、汗ばんだ足裏に、それがベタ/\とねばった。
 猿又一つになって机の前に坐ると、手紙が来ていた。「中野英一」というのが差出人だった。それは工場の女工だった。その女を森本はようやく見付けたのだった。そのたった「一つ」をまず足場に、女工のなかにつながり[#「つながり」に傍点]を作って行かなければならなかった。彼は組合の河田からその方針について、指令をうけていた。手紙は簡単に「トニカク、クワシイ事ヲオ話シマショウ。明日八時、石切山ノ下デマッテイマス。」――書
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