のにハッとした。彼は油っぽい形のくずれた鳥打ちを無雑作にかぶった。
 工場の前の狭い通りを、その幅を一杯にみたして、職工や女工が同じ方向へ流れていた。彼はその中に入りながら、独《ひと》りであることのうそ寒さを感じていた。
 運河の鉄橋を渡ると、税関や波止場、水上署、汽船会社、倉庫続きの浜通りだった。――浜人夫がタオ/\としわむ「歩板《あゆみ》」を渡って、艀から荷降しをしていた。然し所々に何人もの人夫が固まって、立っていた。それ等の労働者は瀬戸を重ねた大きな弁当を、地べたにそのまゝ置いたり、ぶら下げたり、他の人達の働いているのを見ていた。――「あぶれた」人夫達だった。
 夏枯《なつがれ》時で、港には仕事らしい仕事は一つもないのだ。市役所へおしかけようとしている連中がそれだった。岸壁につながっている艀はどの艀も死んだ鰈を思わせた。桟橋《さんばし》に近い道端に、林檎《りんご》や夏|蜜柑《みかん》を積み重ねた売子が、人の足元をポカンと坐って見ていた。
 その「あぶれた」人足たちは「H・S工場」の職工達が鉄橋を渡ってくるのを見ていた。ありありと羨望の色が彼等の顔をゆがめていた。「H・S」の職工た
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