になって居り、箱が何十階のビルジングのように、うず高く積まさっていた。そこは暗かった。――女がキャッ! と叫んだ。そこへ来ると、誰か女によく悪戯《いたずら》した。
――この、いけすかない男!
――オイ、今日は……?
――今日? 約束があるの。
――本当か。何んの約束だ。誰と?
――これでも、ちァんとね。
――こん畜生!
其処《そこ》では、何時でも手早い「やりとり」が交わされることになっていた。
職工はよく仕事をしながら、次の持場にいる女と夜会う約束をするために、コンヴェイヤーに乗って来る罐詰に、
「ハシ、六」
と書いてやる。男は手先きだけ動かしながら、その罐が機械の向うかげにいる女の前を通って行くのを見ている。女はチラッと見つけると、それを消して、そして男に微笑《ほほえ》んでみせる。
――「六時、何時もの橋のところ」というのが、その意味だった。そういうのが幾組もある。
森本は顔をしかめた。こういう中から一体自分たちの仕事の仲間になってくれるようなものが、何人出るのだ。それを思うと、胸の下が妙に不安になり、落付けなくなった。
脱衣所の入口に掲示が出ていた。森本は
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