二つ並んでいる頭を両方からゴツンとやった。
――出歯亀!
女の方で何か云いながら、一度にワッ、と笑い出した。すると、こっちでもわざと声をあげた。
洗面所を出ると、出口で両方から一緒になった。帰るとき、女たちはまるッきり別な人[#「別な人」に傍点]になって出てきた。
――お前は誰だっけな?
煙筒や汽罐の打鋲《リベッティング》をやっている六十に近い眼の悪い、耳の遠い職工には、本当に見分けがつかない。
――プッ! お爺さん、色気なくなったね。
そして女に背中をたゝかれた。
――お婆さんを間違わないでね。
――こん畜生!
会社は、女工が帰りに「お嬢さん」になることにも、カフエーの「女給《ウエイトレス》」になることにも、職工が「学生」になることにも、「会社員」になることにも、黙っていた。それだけの事が出来るから、そうするので、そこには少しの差支もある筈《はず》がない。Y市を見渡してみても、職工にそれだけのことの出来る待遇を与えている工場はあるまい、工場長はそう云っていた。
洗面所を出ると、狭い廊下を肩で押し合いながら、二階の「脱衣室」に上って行った。両側が廃品《アウト》倉庫
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