石鹸を手玉にしたり、待っていた。
 ――こん畜生、だまってるとえゝ[#「えゝ」に傍点]気になりやがって、棒杭《ぼうぐい》じゃないんだど。
 と、云われた奴が石鹸で顔中をモグモグさせながら、
 ――へえ、何時《いつ》人間様になったかな。俺はまた職工さん[#「職工さん」に傍点]だとばかり思っていたが!
 見当ちがいの方を見て、云いかえした。
 申訳程の仕切りがあって、女工たちの洗面所がすぐ続いていた。洗面所にしゃがむと、女工たちの腰から下が見えた。職工たちは腰から下だけの「格好」で、誰が誰かを見分けるのに慣れていた。顔を何時までも洗っている振りをして、職工たちはそれを見ていた。
 ――あの三番目が「モンナミ」の彩《あや》ちゃんだど。
 工場では、Y市の有名なカフエーやバーのめずらしい名前をとってきて、「シャン」な女工を呼んでいる。
 ――どうだいあの腰の工合は!
 ――あいつ、この頃めっきり大人になってきたぞ。フン!
 ――腰がものを云うからな。
 ――こっちは誰だ?
 ――おッと、動いたぞ。足を交えた。……いゝなア、畜生!
 ――オイッ!
 後に立っているものが、それを見付けて、いきなり
前へ 次へ
全139ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング