かつたので、彼は獨りで微笑ましくなつた。龍吉はズキン、ズキンと底から(さうひどくはなかつたが)痛んでくる胃を、片手で揉むやうに押しながら、色々なことを考へてゐた。……
「オイ/\。」――誰だ、と思つた。今こんな面倒な頁を讀んでゐるのにと思ふと、ムラ/\ツと癪にさわつた。「オイオイ。」ぐいと肩をつかまれた。糞ツ! 振りかへらふとして、龍吉は眼をさました。非常に眠かつた。その瞬間、ダブつた寫眞のやうに、夢と現實の境ひをつけるのに、彼はしばらく眼をみはつた。さうだ、すぐ眼の前に汚い、鬚だらけの大きな巡査の顏があつた。
「オイ/\、起きるんだ[#「起きるんだ」は底本では「起きるんた」]。取調べだ。」
ギヨツとすると、龍吉は自分でも分らずに、身體を半分起してゐた。
寢ぼけた處を引張つて行く何時もの彼等の手だつた。ガヂヤ/\と、靜かな四圍に不吉な鍵の音をさして、巡査のあとから龍吉はついて出た。
三十分程した。凄い程すつかり顏色のなくなつた工藤が巡査に連れられて歸つてきた。が、演武場に置いておいた荷物を※[#「纏」の「广」に代えて「厂」、26−21]めると、すぐ巡査にうながされて出て行つた。彼はその時、何か云はふとするやうに皆の寢てゐる所を見廻はした。が、身體を廻はすと、ズングリな後を見せて出て行つた。――がちやん[#「がちやん」に傍点]と鍵が下りた。二人の、歩調の合つてゐない足音が廊下に何時までも聞えてゐた。
寢がへりを打つ音や、嘆息や、發音の分らない寢言などが、泥沼に出るメタン瓦斯のやうにブツ/\起つた。
八
警察署は、一週間のうちに勞働運動者、勞働者、關係のインテリゲンチヤを二百人も、無茶苦茶に、豚のやうにかりたてた。[#「。」は底本では「、」]差入れにきた全然運動とは無關係の弟を、そのまゝ引きづり込んで「×××××」一週間も歸さなかつた。[#「歸さなかつた。」は底本では「歸さなかつた」]だが、こんな事はエピソ−ドの百分の一にも過ぎない。
取調べが始つた。
渡に對しては、この×××××がなくても、警察では是が「非でも」やツつけなければならない、と思つてゐた。合法的な[#「合法的な」に傍点]黨、組合の運動に楔のやうに無理にねぢこんで、渡を引ツこ拔かうとした。普段から、してゐた。さういふ中を彼は、然し文字通りまるで豹のやうに飛びまはつてゐた
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