もかも犧牲にしてやつて、それが一體どの位の役に立つんだらう。――プロレタリアの社會が、さう/\來さうにも思へない。お惠はひよい/\考へた。幸子もゐる、本當のところあんまり飛んでもない事をしてもらひたくなかつた。夫のしてゐる事が、ワザ/\食へなくなるやうにする事であるとしか思へなかつた。
然しお惠は組合の人達の色々な話や勞働者の悲慘な生活を知り、勞働者達は苦しい、苦しくてたまらないんだ、だから彼等は理窟なしに自分達の生活を搾り上げてゐる金持に「こん畜生!」といふ氣になるのだ。組合の人達はそれを指導し、その鬪爭を擴大してゆく、お惠にはさういふ事も分つてきた。夫達のしてゐる事が、それがお惠には何時見込のつくことか分らない事だとしても、非常に「大きな」「偉い」事だ、といふ一種の「誇り」に似た氣持さへ覺えてきた。
龍吉は三度目の檢束で、學校が首になり、小間物屋でどうにか暮して行かなければならなくなつた。その時――何時か來る、その漠然とした氣持はもつてゐたのだが――お惠は何かで不意になぐられたやうなめまひ[#「めまひ」に傍点]を感じた。然しそのことにこだわつて、クド/\云はない程になつてゐた。
龍吉は勤めといふ引つかゝはりが無くなると、運動の方へもつと積極的に入り込んで行つた。それからスパイがよく家へやつてくるやうになつた。お惠は店先をウロ/\してゐる見なれない男を見ると、寒氣を感じた。それだけなら、だが、まだまだよかつた。さういふ男が標札を見ながら家へ入つてくると、「一寸警察まで來てくれ。」さう云つて龍吉を引張つてゆくことがあつた。夫が二人位の和服に守られて家を出てゆく、それは見て居れない情景だつた。行つてしまつてからは、變に物淋しいガランドウ[#「ガランドウ」に傍点]な氣持が何時迄も殘つた。お惠は人より心臟が弱いのか、さういふことのあつた時は、何時迄もドキ[#「ドキ」に傍点]ついた鼓動がとまらなかつた。お惠は胸を押へたまゝ、紙のやうに白くなつた顏をして、家の中をウロ/\した。
――それは全くお惠には、さう仲々慣れきれる事の出來ないことだつた。何度も――何度やつてきても、お惠は初めてのやうに驚かされたし、ビク/\したし、周章てた。そして又その度に夫に云はれたりした。然し女には、それはどうしても強過ぎる打撃だつた。お惠にはさうだつた。
三月十五日の未明に、寢てゐる處を
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