起され、家の中をすつかり搜索されて、お互にものも云はせないで、夫が五六人の裁判所と警察の人に連れて行かれたとき、お惠はかへつてぼんやりしてしまつて、何時迄も寢床の上に坐つたまゝでゐた。思はず、ワツと泣き出したのは、それから餘つ程經つてからだつた。
その[#「その」に傍点]朝、幸子はオヤツと思つて、何かの物音で眼をさました。幸子は、パツチリ開いた眼で、無意識に家のなかを見廻はした。何時だらう、朝だらうかと思つた。何故つて、次の室からは五六人の人達の何かザワついてゐる音が聞えてきてゐた。眞夜中なら、そんな筈はない。だが、まだ電燈が明るくついてゐる。朝ではない。どうしたんだらう。疊の上をひつきりなしに、ミシ/\誰か歩いてゐる音がする。
「次の室も調べる。」襖のそば[#「そば」に傍点]で知らない人の聲がした。
「寢る處ですから、何にもありません。」お母さんが殊更に低くしてゐる聲だつた。
「調べてもらつたつていゝよ。」父だつた。
「幸ちやんが眼でも覺すと…………。」
幸子には所々しかはつきり聞えなかつた。彼女は人が入つてきたら、眠つてゐる振りをしてゐなければならないのだ、と思つた。
棚からもの[#「もの」に傍点]を下したり、新聞紙がガサ[#「ガサ」に傍点]/\いつたり、疊を起すやうな音がしたり、タンスの引出しを一つ一つ――七つ迄開けてゐる。それで全部だつた。幸子はそれを心で數えてゐた。すると、臺所の方では戸棚を開けてゐる。幸子は身體のずウと底の方からザワザワと寒氣がしてきた。さうなると、身體をどう曲げても、どう向きを變えても、その寒氣がとまらず、身體が顫えてきた。ひよい[#「ひよい」に傍点]とすると、齒と齒が小刻みにカタ/\と鳴つた。びつくりして、顎に力を入れて、それをとめた。父と母の一言も云ふのが聞えない。どうしてゐるんだらう。何か云つてゐるのは、よそ[#「よそ」に傍点]の人ばかりだつた。
自分の家には、何時でも澤山の人達がくる、然し今來てゐるのはさういふ人達とは、まるつきり異つた恐ろしい直感をおぼえさせた。
襖が開いた。急にまばゆい光が巾廣く、斜めに差しこんだ。幸子は周章てゝ眼をとぢた。心臟の鼓動が急にドキドキし出した。が、寢がへりを打つ振りをして、幸子は薄眼をあけて見た。母が胸の上に手をくみながら、自分の寢顏をみてゐた。血の氣のない無氣味な顏をしてゐる。父は
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