。」
續いて上つてきた和服が片つ端から、書類を調べ始めた。
「貴樣等、こんな處にゴロ/\してるから碌な[#「碌な」は底本では「録な」]ことをしねえ事になるんだ。」
巡査が横着な恰好に構えてゐる「關羽」そつくりの鈴本をぢろり、ぢろり見ながら、毒ツぽい調子で皆に聞えるやうに、はき出した。鈴本はそんなものにからかつてはゐられなかつた。
「働いてみろ、つまらん考へなんか無くなるから。」
――獨りでしやべれ、誰が相手になつてゐられるもんか!
「一つ世話して貰らひたいもんです。」
阪西は何時もの人の好い笑ひ聲をして、茶[#「茶」に傍点]を入れた。――組合の連中は阪西を足りない事にしてゐた。何處へもつて行つても、つぶしがきかないし、仕事がルーズだつた。然しその人のよさが憎めない魅力をもつてゐた。
その時、渡が周章てゝ階段をかけ降りやうとした。が、巡査がすぐその前に立つてしまつた。「何處へ行くんだ。」
鈴本はその渡の態度を見て、おや、と思つた。渡はその態度ばかりでなしに、顏の色がちつとも無かつた。普段若手として、何時でも一番先頭に立つて働いてゐる、がつしりした、「鐵板」みたいな渡が、渡らしくない! 鈴本は變な豫感を渡に對して感じた。
皆は前と後と兩側を巡査に守られながら、階段をゾロ/\降りた。然し渡を除くと皆元氣だつた。かういふ事には慣れてゐた。一つ、二つ平手が飛んだ。
普段何かすると、すぐ「我々は戰鬪的でなければならない。」と、誰れ彼れの差別なく振りまはして歩く齋藤は、然し矢張り一番元氣だつた。彼が鈴本のところへ寄つてくると、
「明日の演説會《あれ》に差支えるから、我ん張らう。」
「うん、やる必要がある。」
齋藤が、そして何か云はうとした。
「オイ/\ツ! 」いきなり齋藤の後首に警官が手をかけると、こづき廻はすやうにして、鈴本から離して別な方へ引張つて行つた。
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民衆の旗、×旗は…………
[#ここで字下げ終わり]
前の方で、誰か突然歌ひ出した。――、ピシリ、といふ平手の音がした。
「何んだ、この野郎!」身體でもつて、つツかゝつて行くの聲だつた。サーベルで×××つける音が、平手打ちの音に交つて聞えた。
皆は前と後と、すつかり腕をつなぎ合はせてゐた。ワザと強く足ぶみをして歩いた。
「うるせえツよ!」齋藤が、小さい身體一杯に叫んで、立ち止
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