先を辱かしめたるこの身が恨めしゅう、此の比《ごろ》では、つくづくと後世《ごせ》のほども案じられてなりませぬわい」
「どうやら床しい御仁体と見受け申したが、さては左様でござったか」
 怪量は凝《じっ》と対手《あいて》の顔を見た。
「いや、若気の誤《あやまり》は人間の常でござるわい、それにしても早くそれに気が注《つ》かれたは、まだ御仏の助けの綱の断《き》れぬ証《しる》しでござろう。昔のことは昔のこと、此上は御仏にすがって、再び花咲く春を待たるるがよろしゅうござるぞ」
「身に沁みてのお言葉、忝《かたじ》けのうござる」
 山上の夜は更けた。女達は次の間へ怪量の衾《ふすま》をのべた。すすめられるままに怪量はその部屋へ入った。
「一夜の礼じゃ、せめて読経致して、主人《あるじ》の苦悩を助けて取らそうか」
 枕頭《まくらもと》に端座して低声《こごえ》で読経をつづけたが、やがてよして窓を開けた。静な月の下に筧の水音ばかりが四辺《あたり》の静寂を破っていた。
「咽喉《のど》が渇いたようじゃ、彼《あ》の水を飲んでまいろう」
 怪量は家《うち》の者を起さないように、そっと襖を開けて次の間へ出た。その途端に怪量
前へ 次へ
全13ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング