は「眠をあげると」]、もう陽が入つたのか四辺が灰色になつてゐた。旅館で飯の仕度をして待つてゐるだらうと思つたので、帰らうと思つて雑誌を懐に入れながらふと見ると、右側のちよつと離れた草の生へた所に女が一人低まつた方に足を投げ出し、両手で膝を抱くやうにして何か考へるのか首を垂れてゐる。それは着物の色彩の具合が先つき板橋の向ふで見た女のやうであつた。
彼は不審に思ふた。先つきの女が何故今までこんな所にゐるのだらう、それとも自分と同じやうに一人で退屈してゐるから散歩に来て遊んでゐるのだらうか、しかし、あんなに垂れて考へ込んでゐるところを見ると何か事情があるかも判らない、傍へ寄つて行つたら気味を悪がるかも判らないが一つ聞いてやらうと思つた。で、腰をあげて歩きかけたが、そつと行くのは何か野心があつてねらひ寄るやうで疚しいので、軽い咳を一二度しながら威張つたやうに歩いて行つた。
女は咳と足音に気がついて此方を見た。それは確に先つきの女であつた。女は別に驚きもしないふうですぐ顔を向ふの方へ向けてしまつた。彼は茱萸の枝に着物の裾を引つかけながらすぐ傍へと行つた。女は綺麗な顔をまた此方に向けた。
(あ
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