受け取つた。
「この薬を飲んで利かなけれや、もう仕方がない、皆でいびつてから、餌にしませうよ、ひつ、ひつ、ひつ、」
 老婆は歯の抜けた歯茎を見せながらコツプを持つて少年の傍へ行つて、片手の指先をその口の中へ差し入れ、軽々と口をすこし開かしてコツプの血を注ぎ込んだ。少年は大きな吐息をした。
 譲は奇怪な奥底の知れない恐怖にたへられなかつた。彼はどうかして逃げ出さうと思つて窓を離れて暗い中を反対の方へと歩いた。其所には依然として冷たい壁があつた。しかし戸も開けずに廊下から続いてゐた室であるから、出口のないことはないと思つた。彼は壁を探り探り左の方へと歩いて行つた。と、壁が切れて穴のやうな所があつた。譲は今通つて来た所だと思つて其所を出た。
 ぼんやりした薄白い光が射して、その先に広い庭が見えた。譲は喜んだ。玄関口でなくとも外へさへ出れば、帰られないことはないと思つた。其所には庭へをりる二三段になつた階段が付いてゐた。譲はその階段へと足をかけた。
 譲が廊下で抱き縮めた女と同じぐらゐな年格好をした年増の女が、両手に大きなバケツを持つて左の方からやつて来た。譲は見付けられてはいけないと思つたの
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