で、そつと後戻りをして出口の柱の蔭に立つてゐた。
 太つた女はちようど譲の前の方へ来てバケツを置き、庭先の方へ向いて犬なんかを呼ぶやうに口笛を吹いた。庭の方には天鵞絨のやうな草が青青と生へてゐた。太つた女の口笛が止むと、その草が一めんに動き出して、その中から小蛇の頭が沢山見え出した。それは青い色のものもあれば黒い色のもあつた。その蛇がによろによろと這ひ出して来て女の前へ集まつて来た。
 女はそれを見るとバケツの中へ手を入れて中の物を掴み出して投げた。それはなんの肉とも判らない血みどろになつた生生しい肉の片であつた。蛇は毛糸をもつらしたやうに長い体を仲間にもつらし合つてうようよとして見えた。
 譲は眼前が暗むやうな気がして内へと逃げ這入つた。その譲の体は軟かな手で又抱き縮められた。
「どんなにか探したか判らないんですよ、何所にゐらしたんです、」
 譲は顫へながら相手を見た。それは彼の年増の女であつた。

          六

「あなたは、ほんとにだだつ子ね、そんなにだだをこねられちや、私が困るぢやありませんか、此方へゐらつしやいよ、」
 年増は譲の両手を握つて引張つた。譲はどうしても
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