急いでゐるんです、」
譲は振り放さうとしたが放れなかつた。
「まあ、ちよつと待つてくださいましよ、お話したいことがあるんですから、」
譲は仕方なしに立つた。そして彼の女が追つて出て来やしないかと思ひながら注意したがそんなふうはなかつた。
「すこし、お話したいことがありますから、ちよつと此方へゐらしてくださいよ、ちよつとで好いんですから、」
年増女は手を緩めたがそれでも前から退かなかつた。
「どんなことです、僕は非常に急いでゐるんですから、此方の奥さんの止めるのも聞かずに、逃げて帰るところですから、なんですか早く云つてください、どんなことです、」
「此所ではお話が出来ませんから、ちよつとこの次の室へゐらしてください、ちよつとで好いんですから、」
譲は争つてゐるよりも、ちよつとで済むことなら、聞いてみやうと思つた。
「では、ちよつとなら聞いても好いんです、」
「ちよつとで好いんですよ、来てください、」
年増の女が歩いて行くので従いて行くとすぐ次の室の扉を開けて這入つた。
中には手前の壁に寄せかけて安楽椅子をはじめ五六脚の形の違つた椅子を置きその向ふには青い帷を引いてあつた。其所
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