がりなさいましよ」は底本では「あおがりなさいましよ」]、」
 譲は後の酒を一口飲んでしまつて、コツプを置くと腰をすかすやうにして、
「折角ですけれど、本当に急ぎますから、これで失礼します、」
 女はコツプを投げるやうに置いて、立つて来て譲の肩に両手を軽くかけて押へるやうにした。
「もう妹も伺ひますから、もうすこしゐらしてくださいまし、」
 譲の肉体は芳烈にして暖かな呼吸のつまるやうな厭迫を感じて動くことが出来なかつた。女の体に塗つた香料は男の魂を縹渺の界へ連れて行つた。
「何人だね、今は御用がないから、彼方へ行つてお出で、」
 女の声で譲は意識がまはつて来た。その譲の頭に自分を待つてゐる女のことがちらと浮んだ。譲は起ちあがつた。女はもとの椅子に腰をかけてゐた。
「まあ、まあ、そんなに、お婆さんを嫌ふもんぢやありませんよ、」
 女の艶めかしい笑顔があつた。譲は今一思ひに出ないとまた暫く出られないと思つた。
「これで失礼します、」
 譲は扉のある所へ走るやうに行つて急いで扉を開けて出た。
 廊下には丸髷に結つた年増の女が立つてゐて譲を抱き止めるやうにした。
「何人です、放してください、僕は
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