もうどうぞ、すぐ失礼しますから、」
「まあ、好いぢやありませんか、何人も遠慮する者がありませんから、ゆつくりなすつてくださいまし、このお婆さんでよろしければ、何時までもお相手致しますから、」
 女は壺の液体を二つのコツプに入れて一つを譲の前へ置いた。それは牛乳のやうな色をした物であつた。
「さあ、おあがりくださいまし、私も戴きますから、」
 譲はさつさと一杯御馳走になつてから帰らうと思つた。
「では、これだけ戴きます、」
 譲は手に取つて一口飲んでみた。それは甘味のあるちよつとアブサンのやうな味のする酒であつた。
「私も戴きます、召しあがつてくださいまし、」
 女もそのコツプを手にして誉めるやうにして見せた。
「折角のなんですけれど、僕は、すこし、今晩都合があつて急いでゐますから、これを一杯だけ戴いてから、失礼します、」
「まあ、そんなことをおつしやらないで、こんな夜更けに何の御用がおありになりますの、たまには遅く行つて、じらしてやるがよろしうございますよ、」
 女はコツプを持つたなりに下顎を突き出すやうにして笑つた。譲も仕方なしに笑つた。
「さあもすこしおあがりなさいましよ[#「おあ
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