立つた脊の高い女と、格子戸の所に立つてゐる彼の女とを近々と見せてゐた。
譲はあんなに玄関が遠くの方に見えてゐたのは、眼の勢であつたらうかと思つた。彼はまた電燈の笠のくるくる廻つたことを思ひ出して、今晩はどうかしてると思ひながら、花の垂れさがつた木の方に眼をやると、廻転機の廻るやうにその花がくるくると廻つて見えた。
「姉があんなに申しますから、ちよつとおあがりくださいまし、」
女が前へ来て立つてゐた、譲はふさがつてゐた咽喉がやつと開いたやうな気持になつて女の顔を見たが、頭はぼうとなつてゐて、なにを考へる余裕もないので、吸ひ寄せられるやうに火のある方へと歩いて行つた。歩きながら怖は/\花の木の方に眼をやつて見ると木は金茶色の花を一めんにつけて静に立つてゐた。
「さあ、どうぞおあがりくださいまし、妹が大変御厄介になりましたさうで、さあ、どうぞ、」
譲は何時の間にか土間へ立つてゐた。背の高い蝋細工の人形のやうな顔をした、黒い沢山ある髪を束髪にした凄いやうに綺麗な女が障子の引手に凭れるやうにして立つてゐた。
「有難うございます、が、今晩はすこし急ぎますから、此所で失礼致します、」
「まあ、さうおつしやらずに、ちよつとおあがりくださいまし、お茶だけ差しあげますから、」
「有難うございます、が、すこし急ぎますから、」
「待つてゐらつしやる方がおありでせうが、ほんのちよつとでよろしうございますから、」
女は潤ひのある眼を見せた。譲も笑つた。
「ちよつとおあがりくださいましよ、何人も遠慮のある者はゐないんですから、」
後に立つてゐた女が云つた。
「さうですか、では、ちよつと失礼しませうか、」
譲は仕方なしに左の手に持つてゐる帽子を右の手に持ち替へてあがる構へをした。
「さあ、どうぞ、」
女は障子の傍を離れて向ふの方へと歩いた。譲は靴脱ぎへあがつて、それから上へとあがつた。障子の蔭に小間使のやうな十七八の島田に結ふた女中が立つてゐて譲の帽子を取りに来た。譲はそれを無意識に渡しながら女の後からふらふらと従いて行つた。
四
長方形の印度更紗をかけた卓があつてそれに支那風の朱塗の大きな椅子を五六脚置いた室があつた。先に入つてゐた女は派手な金紗縮緬の羽織の背を見せながらその椅子の一つに手をやつた。
「どうかおかけくださいまし、」
譲は椅子の傍へ寄つて行つた。と、女はその左側にある椅子を引き寄せて、譲と斜に向き合ふやうにして腰をかけたので、譲も仕方なしに椅子を左斜にして腰をかけた。
「はじめまして、僕は三島譲といふもんですが、」
譲が云ひはじめると女は手をあげて打ち消した。
「もう、そんな堅くるしいことは、お互いによしませう、私はかうした一人者のお婆さんですから、お嫌でなけれやこれからお友達になりませう、」
「僕こそ、以後よろしくお願致します、」
譲の帽子を受け取つた女中が、櫛形の盆に小さな二つのコツプと竹筒のやうな上の一方に口が着き一方に取手の着いた壺を乗せて持つて来た。
「此所へ持つてお出で、」
女がさしづをすると女中は二人の間の卓の端にその盆を置いてから引き退らうとした。
「お嬢さんはどうしたの、」
女中は振り返つて云つた。
「お嬢さんは、なんだかお気持が悪いから、もすこしして、お伺ひすると申してをります。」
「気持が悪いなら、私がお相手をするんだから、よくなつたらいらつしやいつて、」
女中はお辞儀をしてから扉を開けて出て行つた。
「お茶のかはりに、つまらん物を差しあげませう、」
女は壺の取手に手を持つて行つた。
「もうどうぞ、すぐ失礼しますから、」
「まあ、好いぢやありませんか、何人も遠慮する者がありませんから、ゆつくりなすつてくださいまし、このお婆さんでよろしければ、何時までもお相手致しますから、」
女は壺の液体を二つのコツプに入れて一つを譲の前へ置いた。それは牛乳のやうな色をした物であつた。
「さあ、おあがりくださいまし、私も戴きますから、」
譲はさつさと一杯御馳走になつてから帰らうと思つた。
「では、これだけ戴きます、」
譲は手に取つて一口飲んでみた。それは甘味のあるちよつとアブサンのやうな味のする酒であつた。
「私も戴きます、召しあがつてくださいまし、」
女もそのコツプを手にして誉めるやうにして見せた。
「折角のなんですけれど、僕は、すこし、今晩都合があつて急いでゐますから、これを一杯だけ戴いてから、失礼します、」
「まあ、そんなことをおつしやらないで、こんな夜更けに何の御用がおありになりますの、たまには遅く行つて、じらしてやるがよろしうございますよ、」
女はコツプを持つたなりに下顎を突き出すやうにして笑つた。譲も仕方なしに笑つた。
「さあもすこしおあがりなさいましよ[#「おあ
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