ちになった。
讓はその憂鬱の中で、偶然な機会から女を得たこともほんとうでなくて、やはり奇怪な神経作用から来た幻覚ではないだろうかと思った。
何時《いつ》の間にか彼は今までよりは広い明るい通路《とおり》へ出ていた。と、彼の気もちは軽くなって来た。彼は女が己の帰りを待ちかねているだろうと思いだした。軽い淡白な気もちを持っている小鳥のような女が、隻肱《かたひじ》を突いて机の横に寄りかかってじっと耳を傾け、玄関の硝子戸《ガラスど》の開《あ》く音を聞きながら、己の帰るのを待っている容《さま》が浮んで来た。浮んで来るとともに、今晩先輩に相談した、女と素人屋《しろうとや》の二階を借りて同棲しようとしていることが思われて来た。
(君もどうせ細君《さいくん》を持たなくちゃならないから、好い女なら結婚しても好いだろうが、それにしてもあまり疾風迅雷的《しっぷうじんらいてき》じゃないか)と、云って笑った先輩の詞《ことば》が好い感じをとものうて来た。
職業的な女なら知らないこともないが、そうした素人の処女と交渉を持った経験のない彼は、女の方に特種な事情があったにしても手もなく女を得たと云うことが、お伽話《
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