とぎばなし》を読んでいるような気もちがしてならなかった。
(僕も不思議ですよ、なんだかお伽話を読んでいるような気がするんです)と、云った己の詞も思いだされた。彼は藤原君がそんなことを云うのももっともだと思った。
 ……女は真暗になった林の中をふらふらと歩きだした。そして、彼の傍を通って海岸の方へ往きかけたが、泣きじゃくりをしていた。彼はたしかに女は自殺するつもりだろうと思ったので助けるつもりになった。それにしても女を驚かしてはいけないと思ったので、女を二三|間《げん》やり過してから歩いて往った。
(もしもし、もしもし)
 女はちょっと白い顔を見せたが、すぐ急ぎ足で歩きだした。
(僕はさっきの男です、決して、怪しいものじゃありません、あなたがお困りのようだから、お訊ねするのです、待ってください)
 女はまた白い顔をすこし見せたようであったが足は止めなかった。
(もしもし、待ってください、あなたは非常にお困りのようだ)
 彼はとうとう女に近寄ってその帯際《おびぎわ》に手をかけた。
(僕はさっきお眼にかかった三島と云う男です、あなたは非常にお困りのようだ)
 女はすなおに立ちどまったがそれと
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