ん》かなにかの華美《はで》な模様のついた衣服《きもの》で、小柄なその体を包んでいた。ちょっと小間使か女学生かと云うふうであった。色の白い長手《ながて》な顔に黒い眼があった。彼はどこかこのあたりの別荘へ来ている者だろうと思ったきりで、それ以上べつに好奇心も起らないので、女のことは意識の外に逸《いっ》してその土手を上流《かみて》の方へ歩いて往った。
 二丁ばかりも往くともう左側に耕地がなくなって松原の赭土《あかつち》の台地が来た。そこにも川のむこうへ渡る二本の丸太を並べて架けた丸木橋があったが、彼はそれを渡らずに台地の方へ爪《つま》さきあがりの赭土を踏んであがって往った。
 そこには古い大きな黒松があってその浮き根がそこここに土蜘蛛《つちぐも》が足を張ったようになっていた。彼は昨日《きのう》も一昨日《おととい》もその一つの松の浮き根に腰をかけて雑誌を読んでいたので、その日もまた昨日腰をかけて親しみを持っていた浮根へ往って腰をかけながら下流《かわしも》の方を見た。薄い鈍《にぶ》い陽《ひ》の光の中に釣人達は絵に画《か》いた人のように黙黙として立っていた。彼はさっきの女のことをちょっと思いだした
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