たり、四五寸ある沙魚《はぜ》を持っていたりする。
 彼が歩いて来た道がその里川に支えられた処には、上に土を置いた板橋がかかっていた。その橋の右の袂《たもと》にも釣竿《つりざお》を持った男が立っていた。それは鼻の下に靴ばけのような髯《ひげ》を生やした頬骨の出た男で、黒のモスの兵児帯《へこおび》を尻高《しりだか》に締めていた。小学校の教師か巡査かとでも云う物ごしであった。彼はその脚下《あしもと》に置いてある魚籃を覗いて見た。そこには五六尾の沙魚が入っていた。
(沙魚が釣れましたね)
 と、彼が挨拶のかわりに云うと、
(今日は天気の具合が好いから、もすこし釣れそうなもんですが、釣れません)
(やっぱり天気によりますか、なあ)
(あんまり、明るい、水の底まで見える日は、いけないですよ、今日も、もすこし曇ると、なお好いのですが)
(そうですか、なあ)
 彼はちょっと空の方を見た。薄い雲が流れてそれが網の目のようになっていた。彼はその雲を見た後《のち》に川の土手の方へ往こうと思って、板橋の上に眼をやったところで橋のむこう側に立ってこっちの方を見ている壮《わか》い女を見つけた。紫の目立つ銘仙《めいせ
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