まったと云う、毎日新聞の社会記事の中にある簡単な事件で、別に不思議でもなんでもない。
女と交渉を持った日の情景がぼうとなって浮んで来る。……黄いろな夕陽の光が松原の外にあったが春の日のように空気が湿っていて、顔や手端《てさき》の皮膚がとろとろとして眠いような日であった。彼は松原に沿うた櫟林《くぬぎばやし》の中を縫うている小路《こみち》を抜けて往った。それはその海岸へ来てから朝晩に歩いている路《みち》であった。櫟の葉はもう緑が褪《あ》せて風がある日にはかさかさと云う音をさしていた。
その櫟林の前《さき》はちょっと広い耕地になって、黄いろに染まった稲があったり大根や葱《ねぎ》の青い畑があった。そこには櫟林に平行して里川《さとがわ》が流れていて柳が飛び飛びに生えている土手に、五六人の者がちらばって釣を垂れていた。人の数こそちがっているが、それは彼が毎日見かける趣であった。その魚釣《うおつり》の中には海岸へ遊びに来ている人も一人や二人はきっと交《まじ》っていた。そんな人は宿の大きなバケツを魚籃《びく》のかわりに持っていて、覗《のぞ》いてみると時たま小さな鮒《ふな》を一二|尾《ひき》釣ってい
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