を調べる必要があるね)と云った先輩の詞《ことば》が浮んで来た。法科出身の藤原君としては、素性も何も判らない女と同棲することを乱暴だと思うのはもっともなことだが、過去はどうでも好いだろう、この国の海岸の町に生れて三つの年に医師《いしゃ》をしていた父に死なれ、母親が再縁した漁業会社の社長をしている人の処で大きくなり、三年|前《ぜん》に母が亡くなった比《ころ》から家庭が冷たくなって来たので、昨年になって家《うち》を逃げだしたと云うのがほんとうだろう、血統のことなんかは判らないが、たいしたこともないだろう……。
(一体女がそんなに手もなく出来るもんかね)と云って笑った先輩の詞《ことば》がふとまた浮んで来る。……なるほど考えて見るとあの女を得たのはむしろ不思議と思うくらいに偶然な機会からであった。しかし、世間一般の例から云ってみるとありふれた珍しくもないことである。己《じぶん》は今度の高等文官試験の本準備にかかる前《まえ》に五六日海岸の空気を吸うてみるためであったが、一口に云えば壮《わか》い男が海岸へ遊びに往っていて、偶然に壮い女と知己《しりあい》になり、その晩のうちに離れられないものとなってし
前へ 次へ
全39ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング