ようとしたがはなれなかった。
「だめですよ、もうなんと云っても放しませんよ、そんなばかなことをせずに、じっとしていらっしゃいよ、ほんとうにあなたは、ばか、ねえ」
主婦の眼は讓の顔から離れなかった。
「おとなしく、だだをこねずに、奥さんのお対手《あいて》をなさいよ」
年増はおさえつけるようにして讓を寝台の縁へかけさした。讓はしかたなしに腰をかけながら、ただ逃げ出そうとしても逃げられないから、油断をさしておいて隙《すき》を見て逃げようと思ったが、頭が混乱していて落ちついていられなかった。
「そんなに急がなくたって、ゆっくりなされたら好いじゃありませんか」
主婦は年増の放《はな》した讓の手に軽く己《じぶん》の手をかけて、心持ち讓を引き寄せるようにした。
「失礼します」
讓はその手を揮《ふ》り払うとともに起《た》ちあがって、年増の傍を擦《す》り抜けて逃げ走った。
「このばか、なにをする」
年増の声がするとともに讓は後《うしろ》からつかまえられてしまった。それでも彼はどうかして逃げようと思ってもがいたが、揮り放すことはできなかった。
「奥様、どういたしましょう、このばか者はしようがあり
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