よ」
 女はぐんぐんとその手を引ぱりだした。讓の体は崩れるようになって引ぱられて往った。
「放してください」
「だめよ、男らしくないことを云うものじゃありませんよ」
 讓は室《へや》の中へ引ぱり込まれた。そこは青い帷《とばり》を張ったはじめの室であった。
「奥様がどんなに待っていらっしゃるか判りませんよ、こちらへいらっしゃいよ」
 年増は隻手《かたて》を放してそれで帷を捲《ま》くようにして、無理やりに讓の体をその中へ引込んだ。
 そこには真中に寝台があってその寝台の縁《へり》に※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》な主婦が腰をかけて、じっと眼を据《す》えて入って来る讓の顔を見ていた。その室の三方には屏風《びょうぶ》とも衝立《ついたて》とも判らないものを立てまわして、それに色彩の濃い奇怪な絵を画《えが》いてあった。
「ほんとにだだっ子で、やっと掴《つか》まえてまいりました」
 年増は讓を主婦の傍へ引ぱって往って、主婦のむこう側の寝台の縁へ腰をかけさせようとした。
「放してください、僕はだめです、僕は用事があるのです、僕は厭《いや》です」
 讓は年増の女を揮《ふ》り放して逃げ
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