。前《さき》に入って往った女は華美《はで》な金紗縮緬《きんしゃちりめん》の羽織の背を見せながらその椅子の一つに手をやった。
「どうかおかけくださいまし」
讓は椅子の傍へ寄って往った。と、女はその左側にある椅子を引き寄せて、讓と斜《ななめ》に向き合うようにして腰をかけたので、讓もしかたなしに椅子を左斜《ひだりななめ》にして腰をかけた。
「はじめまして、僕は三島讓と云うものですが」
讓が云いはじめると女は手をあげて打ち消した。
「もう、そんな堅くるしいことは、お互《たがい》によしましょう、私はこうした一人者のお婆さんですから、お嫌《いや》でなけりゃこれからお朋友《ともだち》になりましょう」
「僕こそ、以後よろしくお願いいたします」
讓の帽子を受け執《と》った婢が櫛形《くしがた》の盆に小さな二つのコップと、竹筒のような上の一方に口がつき一方に取手《とって》のついた壺を乗せて持って来た。
「ここへ持っておいで」
女がさしずすると婢《じょちゅう》は二人の間の卓の端《はし》にその盆を置いてから引き退《さが》ろうとした。
「お嬢さんはどうしたの」
婢は揮《ふ》り返って云った。
「お嬢さんは
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