た。讓はそれを左に折れながらちょっと女の方を揮《ふ》り返った。※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》に化粧をした細面《ほそおもて》の顔があった。
「こっちですよ、いくらか明るいじゃありませんか」
「おかげさまで、助かりました」
「もう、これから前《さき》は、そんなに暗くはありませんよ」
「はあ、これから前は、私もよく存じております」
「そうですか、路はよくありませんが、明るいことは明るいですね」
「あなたはこれから、どちらへお帰りなさいます」
「僕ですか、僕は本郷ですよ、あなたは」
「私は柏木《かしわぎ》ですよ」
「それは大変ですね」
「はあ、だから、この前《さき》の親類へ泊まろうか、どうしようかと思っているのですよ」
讓はこの女は厳格な家庭の者ではないと思った。香《におい》のあるような女の呼吸使《いきづか》いがすぐ近くにあった。彼はちょっとした誘惑を感じたが己の室《へや》で机に肱《ひじ》をもたせて、己の帰りを待っている女の顔がすぐその誘惑を掻《か》き乱した。
「そうですな、もう遅いから、親類でお泊りになるが好いのでしょう、そこまで送ってあげましょう」
「どうもすみませ
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