収めて、供養をしてやろう」
 蠅はもう見えなくなっていた。そして、朝になると臙脂をつけたその怪しい虫は、また何処からともなく出て来て九兵衛と女房の傍をちらちら飛んだ。二人はもう蠅のことは云わずに黙ってその姿を見ていた。
 朝飯がすんだところへ勘右衛門が呼ばれて来た。蠅は女房の膝頭にとまった。
「蠅が戻って来たよ」と、九兵衛はその顔を見た。
「なに、彼の蠅が戻った」と勘衛門はあきれて眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]った。
「それ、その蠅だ」と、彼は女房の膝頭の蠅に指をさしながら、女の供養のことを話して、「で、御苦労でも、お前にお寺へ往ってもらいたいが」
「往きましょう、それが宣しゅうございましょう」と、勘右衛門は承知した。
 女房が勘右衛門に渡す銀を執りに起とうとすると、蠅は九兵衛の右の手の甲に移った。勘右衛門も九兵衛もじっと怪しい虫を見ていた。
 女房が布施にした二つの紙包を持って座に戻って来た。と、今まで九兵衛の手の甲にとまっていた蠅はころりと畳の上に落ちて死んだ。

 蠅の死骸もいっしょに寺にやることになって、小さな箱に入れて勘右衛門が持って往った。そして、まず深草の
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