蠅供養
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)比《ころ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|尾《ぴき》
[#]:入力者注 主に外字の説明
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った
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火鉢に翳している右の手の甲に一疋の蠅が来て止った。未だ二月の余寒の強い比《ころ》にあっては、蠅は珍らしかった。九兵衛はもう蠅の出る時候になったのかと思ったが、それにしてもあまり早すぎるのであった。
九兵衛は手を動かして蠅を追った。蠅は前の帳場格子の上に往って手足を動かしはじめた。其処は京の寺町通り松原下町にある飾屋であった。店には二三人の小僧がいて、入って来る女客に頭の物をあきなっていた。九兵衛はもう蠅のことは忘れて、近いうちに嫁入りすることになっている親類の女《むすめ》に祝ってやる贈物の方に心をやっていた。
飾屋の奥の室《へや》では女房と女が向き合って針仕事をしていた。女《むすめ》は十七八の人形のような顔をした女であった。女房は時ど
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