き女の縫方に細かな注意をしていた。縁側には下半面に朝陽が微紅《うすあか》く射していた。
女房は紅い小さな切れを膝の上でつまもうとした。一疋の蠅が何処からともなく飛んで来て、女房の鋏を持った手にとまった。
「まあ、もう蠅が出たよ」と、女房は不思議そうに云って蠅を見つめた。
女《むすめ》は嫁入りすることになっている親類の女《むすめ》に対する妙な嫉妬を感じて、その女の欠点などをそれからそれと考えていたので、蠅はちょいと見ただけで何も云わなかった。
「この寒いのに、なんぼなんでも、あんまりじゃないか」と、女房はまた云った。
「すこし早いようですわね」と、女《むすめ》は何か考えながら気の無さそうに云った。
「早いとも、早いとも、時知らずの蠅じゃよ」と、女房は女の方を見て、そして、蠅の方に眼をやるともう蠅は見えなかった。
「……もう何処かへ往ったよ、何処へ往ったろう」と、云ってそのあたりを見廻したが、蠅の影は見当らなかった。
午が来て家内同志で飯を喫《く》っていた。主翁《ていしゅ》の九兵衛が空になった茶碗を出すと、その傍にいた婢《じょちゅう》がお給仕の盆を差しだした。と、その盆にとまっていた
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